TOPICS(ニューズ・レター)


国家賠償裁判判決
  最高裁で二つの国家賠償裁判の判決が出ました。
お二人にお気持ちをお書きいただきました。
(2006.12.20)
「桶川ストーカー殺人事件」最高裁判決を聞いて
猪野憲一・京子
平成18年8月30日、最高裁判所は、市民・被害者に対し最悪の判決を行いました。

私たちの娘、詩織の事件は、犯罪被害にあった者が身の危険を感じて、警察に「助けて下さい!」、「助けて下さい!」と何度も救いを求めて出向いたのに、助けてくれるどころか捜査もせずに、男と女の痴話げんか、民事不介入等と言われ、放っておかれたのでした。

それでも犯人達からの度重なる嫌がらせ、攻撃に耐えられず警察に出向くと、告訴状を書けば警察は動いてやると言われ、娘が辛い思いをするのを覚悟の上で告訴状を提出したのです。

しかし、その告訴状すら警察は改ざんし、捜査を行わないまま5ヶ月が過ぎ、最後には娘は犯人たちに殺害されてしまったのです。

警察側の記者会見を見てもはっきりとわかるように、警察にはこの事実に関して責任があります。

警察が告訴状の改ざんと捜査怠慢の事実を認める調査報告書を作成したこと、そして埼玉県警察本部長が自宅を訪れ亡き詩織に手をあわせ、「詩織さん並びにご両親の訴えを真摯に聞いていれば、娘さんが殺害されることは無かったと思うと痛恨の極みであります。」と涙を流し謝罪までしたことを私たちは忘れてはいません。

私たちは、この時点で警察が言ったことは真実であると思っていました。

しかし、裁判になると警察は、「調査報告書は私たち家族が騒いでいるのを鎮めるために仕方なく作成したものにすぎない。」と開き直り、また、「詩織さんの殺害と警察の捜査怠慢の因果関係はない。

また、もともと事件すら、危機感すら、ストーカー行為すらこの家族たちには無かった。」と述べるまでになってしまったのです。

それでも私たちは、日本の司法が、裁判所が、公平かつ公正に事実を見つめ、的確な判断を下してくれることに大きな期待をよせていましたが、市民を、正義を守るよりも、官が官の組織をまたもや守る結果になってしまったのです。

この国には全く正義はなく、市民を守る警察も、司法もないことが判りました。悔しさを通り越し、なんとも恥ずかしい限りの日本の司法の現実です。

この判決により、日本が、先進国と比べると民主的な解決ができない、判断力のない非常に怖い国になってしまう危険性・方向性が示されてしまったのです。

先進的民主国家から10年も20年も大きく後退してしまったことに、司法・裁判所の大きな責任があると感じ憤慨しています。

警察は、これで大きな不正を犯しても安心して過ごすことが出来るのです。こんな世の中でよいのでしょうか。

後に続く悲しい被害者はどうすればよいのでしょうか?「弱い市民・被害者は泣き寝入しろ!」裁判所は、まさにそう言っているのです。

こんなことは絶対に許すことは出来ません。正義を思って今を生きぬく民主的な市民である限りこの戦いに終わりは無いでしょう。

国家賠償裁判判決について
尾ノ井 廣行
私の妹は、元交際相手の男に殴る・蹴るの、DV、ストーカー被害を受け、警察に何度も助けを求めていたにも関わらず、肋骨骨折の怪我を負わされ、警察が加害者に対し、誓約書を書かせ放置し殺人という最悪の結果を招いた事件です。

 最高裁上告棄却決定を聞いて、なぜ警察に責任がないのか、改めて怒りが込み上げて、裁判所に対して深く失望しました。

1審・2審で「ストーカー行為が繰り返されて危険が迫っていたのに、県警は男に厳重な注意をせず、加害行為の防止のために組織的な警察活動ができるような措置を講じなかったことは違法である」と認めて置きながら

「男の一連の行為が復縁を求めての暴行、脅迫で、凶器を利用していないことに照らすと、警察が殺人事件を予期しなかったことに責任はない」などと馬鹿げた理由をつけ、死亡との因果関係を認めなかった。

国民を守る義務を放棄した警察になぜ責任が無いのでしょうか。

いまだに、同様の被害者が後を絶たない現実に、社会が早く気づいて、警察や司法の判断を変える日がくることを強く望みます。

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