VOICE -1- (ニューズ・レター)


犯罪被害者の望み 
幹事 假谷 実 (2001.8.27)

 犯罪被害者およびその家族(遺族)は、突然にしてそれまでの平穏な生活を打ち砕かれ、悲しみのどん底に突き落とされてしまった。「死」を強制的に選択させられた人には、もう元に戻る道は残されていない。「傷」を受け取らされてしまった人には、もう元の姿に戻ることは許されず、PTSDが口を開けて待ち構えている。

 私たち犯罪被害者は、何を望んでいるのだろうか?「それまでの平穏な生活。それまでの姿。」これに尽きる!と言って良いのではないか。現実には、被害の回復はままならない。 「犯罪被害者の会」では、「犯罪被害者の権利の確立」と「犯罪被害の回復制度の確立」を目的として、活動している。会員の望みは、「厳罰」や「真撃な謝罪」など幅広い。

 父を殺害された私の望みは、父の生還であり、それまでの平穏な生活だ。残された家族、新たに加わった家族によって、どんなに楽しい時が作られていても、「そこに父がいたならば、もっと楽しむことが出来たであろう。父にこの楽しさを見てもらいたい。」という虚しさが込み上げてくる。生涯、楽しさに虚しさが付きまとう。本当に、残酷だ。

 「仮谷事件」の刑事裁判が終盤を迎え、多くの加害者の刑が確定している現状においては、私たち家族の苦しみを軽減できるのは、「加害者」しかいないのではないかと、最近考えるようになった。民事裁判の幕引きを模索している中で、なぜ和解が出来るのか、なぜ和解する気になれるのかを突き詰めていくと、加害者の本心に辿り着かざるを得ない。そして、その本心が「真撃な謝罪」であることを理解(信用)できる時に、和解ができる。そうでなければ、和解は出来ない。  

過日、「加害者」との直接の面談を求めた。 一人は出所していたので、叶った。 もう一人は獄中のため叶わなかった。 いかに本人の直筆の手紙であっても、文字では機微が伝わらないと確信している。 手紙や代理人の話を信じない訳ではないのだが、自分自身が直接確かめたいのだ。 「加害者」との直接の面談、人と人が織り成す社会だからこそ、必要なことだと考えつつある。

 
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