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[特集]公訴時効廃止までの道のり  2010.6.1
被害者問題に残された懸案事項のひとつとして、公訴時効の廃止問題は本年1月に開かれたあすの会10周年記念大会でも大きく取り上げられました。

大会当日、加藤公一法務副大臣の発言にもありましたが、公訴時効廃止(刑事訴訟法の改正)は法制審議会の議論を経て、4月27日、国会で成立しました。

その内容は、あすの会が求めていたすべてが盛り込まれているわけではありませんが、大きな前進です。今回は、公訴時効とは何か、また廃止に至るまでにどのような経緯があったのかについてご紹介します。
全国犯罪被害者の会スペース1.公訴時効は、どういった理由や趣旨で作られてきたか
全国犯罪被害者の会スペース2.公訴時効があるため、被害者はどれだけ苦しめられてきたか
全国犯罪被害者の会スペース3.日弁連や学者による反対論とそれに対する反論
全国犯罪被害者の会スペース4.公訴時効の見直しに向けて、あすの会はどのような活動をしてきたか
全国犯罪被害者の会スペース5.公訴時効の廃止についての法制審議会(刑事法部会)での議論について
全国犯罪被害者の会スペース6.「公訴時効見直し」今後の課題

1.公訴時効は、どういった理由や趣旨で作られてきたか
 我が国では、罪を犯した犯人を処罰するよう裁判所に訴えることができるのは検察官だけです。

このように犯人を起訴することを「公訴」と言いますが、刑事訴訟法第250条により公訴できる期間は予め定められていて(これを「公訴時効」と言います)、永遠に起訴することが許されている訳ではありません。

例えば、殺人事件でも15年(平成16年改正後に発生した事件については25年)が経てば、検察官といえども起訴することができなくなります。

 今回、刑事訴訟法の改正がなされ、この公訴時効について、殺人事件など凶悪犯罪の時効が廃止され、それ以外の罪についても時効期間が大幅に延長されました。改定にいたる経緯についてご紹介するにあたり、ここで改めて改正前の刑事訴訟法第250条の内容をご紹介します。
第250条〔公訴時効の期間〕
時効は、次に掲げる期間を経過することにより完成する。
  1. 死刑に当たる罪については二十五年
     (殺人罪、現住建造物放火罪、強盗致死罪など)

  2. 無期の懲役又は禁固に当たる罪については十五年(強姦致死罪など)

  3. 長期十五年以上の懲役又は禁固に当たる罪については十年(傷害罪、危険運転致死傷罪など)

  4. 長期十五年未満の懲役又は禁固に当たる罪については七年(窃盗罪、詐欺罪、業務上横領罪など)

  5. 長期十年未満の懲役又は禁固に当たる罪については五年(業務上過失致死罪、自動車運転過失致死傷罪など)

  6. 長期五年未満の懲役若しくは禁固又は罰金に当たる罪については三年(堕胎罪、過失傷害罪、脅迫罪など)

  7. 拘留又は科料に当たる罪については一年(侮辱罪など)
 では、なぜこれまで公訴時効が設けられていたのでしょうか。その理由や趣旨は、単純なものではなく、いくつかの理由が複合的に述べられていました。それらを要約すると、次のようになります。
公訴時効の制度趣旨
  1. 長期間が経つと、被害者の処罰感情も希薄化するので、処罰するだけの価値が小さくなる

  2. 逃走している間に犯人が築いた事実状態、つまりその間に築いた幸せな生活を尊重する必要がある

  3. 国民一般の社会的な応報感情も希薄化し、やはり処罰価値が低減する

  4. 長期間の経過により、証拠が散逸し、正しい起訴や裁判ができなくなる恐れがある

  このような趣旨や理由に関して、法律家は長年疑問を持つことなく、公訴時効制度は当然のものとして認められてきました。しかし、それぞれの理由を慎重に検討してみると、これが果たして正しいと言えるのか疑問が生じてきたわけです。
 つまり、
  1. 時の経過によって、被害者の被害感情は本当に薄れるのか

  2. 加害者が、犯罪後に築いた家庭生活や社会における地位を保護する必要があるのか

  3. 時間の経過により一般の人々の頭の中から事件の記憶が薄れることはあっても、処罰すべきだという考え方まで薄れるとは言えないのではないか

  4. 証拠の散逸は、有罪を立証しなければならない検察官側に不利益に働き、被告人側の防御権を侵害することは少ないのではないのか

などです。
以上、弁護士 大澤寿道
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2.公訴時効があるため、被害者はどれだけ苦しめられてきたか
 歴史的には、以上のような理由で公訴時効が作られてきました。しかしそこには、苦しみ続けてきた被害者の目線や、国民の常識が欠落していました。
 どんなに理不尽で凶悪な罪を犯した犯人でも、一定期間逃げ延びれば、警察に捕まったり、裁判を受けたりしなくて済み、大手を振って世の中を歩くことができるのが公訴時効です。

被害者にとって、こんなに悔しいことはありません。被害者が苦しんでいるとき、加害者が青天白日の身になって往来を闊歩し、家庭をもって幸せな生活を送っている。そんなことを考えるだけで、被害者は悔しさが噴き上げてきます。

時間が経てば被害感情も次第に和らいでくるのではないかと指摘する人もおり、それが公訴時効の存在理由の一つでしたが、それは、凶悪犯罪に遭ったことのない幸せな人が言う言葉です。大切な人を失ったり、重篤な後遺障害を負った被害者やその家族の無念さ、悔しさ、怒りは、どんなに時間が経っても癒えることはありません。

時効の完成が迫っているということで、焦りが極限に達し、懸賞金をかけたり、ビラを配ったりして必死に犯人を捜している被害者もたくさんいます。時効制度によって、被害者は本当に苦しみ続けてきたのです。

 また、犯人がいつか自分の近くに来るのではないかという不安の中で生活をしている被害者も少なくありません。時効にならないうちは犯人も簡単には近づいて来ないだろうしいざとなれば警察が捕まえてくれるだろうと思い、被害者は安心しているところがあります。

しかし時効が完成してしまえば、犯人も安心して近づいて来る可能性があり、近づいてきても警察は捜査をしてくれません。これほど不安なことはないでしょう。

犯人が作ってきた事実状態を尊重するということも、結局のところ、逃げ回っている間に築いた「凶悪犯の幸せな生活」を、被害者の安全な生活の犠牲のもとに保護してやろうというものです。

ただでさえ理不尽な罪を犯した犯人に対して、どうして重ねて理不尽な保護を与えなければならないのでしょうか。被害者は、絶対に納得できません。
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3.日弁連や学者による反対論とそれに対する反論
(1)事実状態の尊重
 昨年1月23日、日弁連刑事法制委員会のある委員が、時効の見直しを求めて法務省内に勉強会が設置されたことを受けて、読売新聞で「犯罪を犯したとされる者が長期間逃亡しながら築いた新たな生活を、突然壊すことには同情の余地もある。 いつ逮捕されるか分からない状態が永久に続くのは酷である」とコメントし、犯人の今までの生活を尊重すべきだと主張して、時効制度の廃止に反対しました。

この言葉を聞いたある被害者は「腸が煮えくりかえる思いがした」と怒りの言葉をあらわにし、「いつ捕まるか分からない状態が永久に続くのが酷だというのなら自首すれば良いではないか。きっと気が楽になる」と吐き捨てました。

日弁連の見解には、被害者の置かれた悲惨な実情に対する一片の思いやりも感じられません。逃げ得で手に入れた加害者の幸福な生活を保護する必要はどこにもありません。

また、後に述べる法制審でも、仮にそういった生活が築かれても、それは、「法律上保護に値する利益」ではないと多くの委員に言われました。
(2)証拠の散逸と冤罪
 さらに日弁連は、長い時間が経つと証拠が散逸し、正しい起訴や裁判ができなくなるといって反対しました。しかし、科学技術の進歩により、かえって証拠が明確になることも少なくありません。

DNAが犯罪捜査に取り入れられた昭和60年代は、数百人に1人しか人物を特定できませんでしたが、現在では4兆7000億人に1人の確立で犯人を特定することができると言われています。もちろん、DNA以外にも、指紋による犯人の特定技術も、ここ数年、格段に進歩してきています。

 科学技術の発達を別にしても「最初から、確実な証拠があって犯人分かっているのだが、その犯人が逃走しているため捕まらない」場合もありますから「時間が経つと証拠が散逸する」と断定するのも間違いです。

 反対論者の主張は、DNAや指紋のような物的証拠ではなく、被告人のためにアリバイを証言する証人が死亡したり、あるいは生きていても記憶が薄れるため、被告人に有利な証言ができなくなってしまい、無罪のための防禦活動が難しくなる場合があるというものです。

前述の通り、犯罪の立証責任は検察官が全面的に負っていますから、「犯人は現場にいた」という確実な証明をしなければなりません。このことは検察官の側に、より不利益に働くでしょう。

 日弁連は、時効を廃止すると冤罪が増えると言って猛烈に反対します。しかし過去の事案で、冤罪となって再審の上、無罪判決が出たりした例をあすの会でまとめたところ、事件が発生してから長くても3年以内に逮捕された事案ばかりで、時効完成が迫ってから逮捕された事件の冤罪はありませんでした(★付表=PDF)。

公訴時効の廃止延長が冤罪を増やすというのは、法律家特有の頭の中の空想に過ぎません。
(3)経済的補償
 一方、被害者に経済的な補償をしてやれば、被害者は満足して時効廃止を叫ばなくなると口にする人もいます。しかし、これは「あめ玉をしゃぶらせて被害者を黙らせようとするもので、被害者の自尊心を著しく傷つけるもの」と被害者は口を揃えて反論しています。経済的補償は、それはそれで大切なことです。
しかし、だからといって被害者の無念さ、悔しさ、怒りは収まらないのです。
(4)規範意識の鈍磨
 さらに、公訴時効は国家が凶悪犯人を無罪放免にすることですから、これを許すと正義に反し、道義心が地に落ちてしまいます。反対論者は、逃げ得を許すことが正義だと思っているのでしょうか。
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4.公訴時効の見直しに向けて、あすの会はどのような活動をしてきたか
 あすの会は、平成12年の設立当初から時効制度の問題点を指摘し、廃止に向けて訴え続けてきましたが、少ない人数で何もかも一度にやることはできません。
 ヨーロッパ調査を実施し、全国での街頭署名活動、政党への働きかけを行い、犯罪被害者基本法の制定に全力を傾けてきました(平成16年12月1日に成立)。

 法務省は、集団強姦などの凶悪犯罪に対処するための法整備を行い、平成16年12月、公訴時効期間を殺人事件について15年から25年に延長したのをはじめ、他の罪についても延長する刑事訴訟法の改正を行いました。

法務省は被害者団体からの意見聴取も行わなかったので、この改正を知りませんでした。 従って公訴時効の廃止を遡って適用すべしといった被害者の声は反映されていなかったのです。知っていれば、当然に凶悪犯罪に公訴時効の廃止などの意見を述べていたでしょう。

 その後、被害者参加や損害賠償命令、少年審判の傍聴制度などの問題が一段落しましたので、あすの会では平成20年5月22日、当時の自由民主党司法制度調査会・犯罪被害者保護救済特別委員会の合同会議に、殺人事件の時効廃止を求める要望書を提出することを手始めに、本格的にこの問題に取り組むことにしたのです。

 平成20年11月30日、あすの会第9回大会で、殺人事件など重大犯罪について公訴時効の廃止を求める大会決議をし、12月4日、長期未解決事件の林さん、内村さんをはじめとするあすの会幹事らは、森英介法務大臣(当時)に凶悪事件の時効制度の廃止を強く訴えました。森大臣は、検討を約束され、勉強会を立ち上げてくださいました。

 その後、あすの会は、法務省や公明党、自民党のヒヤリングで、殺人事件の時効の廃止だけでなく重篤な後遺障害が残る傷害事件についても時効を廃止すべきこと、過去の犯罪にも遡って廃止すべきことなどを訴え、自民党、公明党の議員に熱心に聞いて頂きました。
以上、弁護士 高橋正人
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5.公訴時効の廃止についての法制審議会(刑事法部会)での議論について
(1)法務大臣の諮問
  1. 凶悪・重大犯罪の公訴時効見直しの具体的在り方

  2. 現に時効が進行中の事件の取扱い

  3. 刑の時効見直しの具体的在り方

(2)刑事法部会での審議の印象
 この諮問を受け法制審議会は、平成21年11月16日、第1回刑事法部会(公訴時効関係)(以下、「部会」といいます)を開催し、井上正仁東京大学大学院教授が部会長に選任され、以後、平成22年2月8日まで8回にわたり、前記諮問に関する審議が行われました。

この部会には、部会長を始めとする著名な刑事法学者、法曹三者、警察関係者などから、それぞれにおいて重責を担うメンバーが委員ないし幹事として出席し、あすの会からも代表幹事である岡村勲弁護士が委員として出席しました。

顧問弁護団の何人かの弁護士が適宜随行しましたが、私も6回の部会に立ち会わせていただきました。

 この部会で議論された論点の概要は後述しますが、ここでは、まず、部会での議論の印象についていくつか述べたいと思います。
第1に、部会では、
多岐にわたる論点について極めて突っ込んだ議論がなされたということです。
刑事法部会の開催期間が約3ヶ月半と短期間であったためか、一部には議論が拙速であるなどという反論が出されていましたが、私はそのようなことは全くないと考えています。
短期間ではありましたが、多くの論点について極めて充実した議論がなされたと思います。

次に、このような充実した審議ができた大きな理由としては、
部会長の議事進行と法務省による事前の調査が充実していたことが挙げられるでしょう。まず、部会長の進行です。

私などが言うのもおこがましいことですが、さまざまな意見を丹念に聴取し、分かりにくい見解や議論についても瞬時にその趣旨をおしはかって整理をし、議論がかみ合うようにされていました。

これによって、議論が整合的に進められたと強く印象付けられました。次に、議論の前提となるべき調査が法務省によって非常に周到になされていた点です。

平成21年1月以降、省内で相当な検討がなされていたようですが、外国法制、国内での統計数などが適宜提示され、非常に参考になりました。このようなことから、あすの会でも審議に先立ち、岡村委員と顧問弁護団とで必要な調査や議論を重ねるなどの準備を行っておりました。

我々にとって充実した審議がなされたと感じられたのは、こちらも十分に準備していたからだと思っております。

そして、岡村委員の発言です。
前述の通り、当会からは岡村代表幹事が部会の委員として出席されましたが、岡村委員は被害者と弁護士という双方の立場からさまざまな場面で発言をされました。この発言によって座に緊張が走る場面も多く、ともすれば机上の空論になりがちな議論に対し、実体を知らせるという意味で極めて大きな影響があったと思います。

(3)検討された論点について
 前述の通り、部会では、非常に多岐にわたる論点について突っ込んだ審議がなされており、この点についてここですべて述べることはできません。またこの点は、すでにいろいろな形で報告もされています。そこで、ここでは簡単に論点の概要についての紹介だけをしたいと思います。

第1の論点は、前述した法務大臣の諮問(1)に関わるものです。
ここでは前提として、平成16年に時効期間を延長する法改正がなされたにもかかわらず、約5年しか経過していない今、再度時効を見直すべきかが問題となりました。

そしてこれが肯定され、次に公訴時効をどのような形で見直すべきかが問題となりました。これが今回の議論の最大のテーマです。

そして、ここでは大きく分けて、
  1. 公訴時効の廃止、延長もしくはその組み合わせとして考えるのか、
  2. 一定の場合に公訴時効の停止ないし中断を認める方式で考えるのか、
という2点が問題となりました。

(2)の方式については、極めて多数の問題点が指摘され、また憲法違反の疑いが強いなど問題性も大きいことから排斥され、結局(1)の方式が取られました。

なお、(1)の場合、対象犯罪をどのようにするかについては大きな議論があり、あすの会としてはできる限り多くの犯罪について廃止ないし延長をすることを希望し、特に重篤な後遺障害が残る傷害についても廃止の対象とするよう求めていましたが、現行法制度の中で一日も早い法改正を行うことが必要であるとの観点から、やむなく今回成立した法案の原案を支持するに至りました。

対象犯罪などについては、今後も考慮していく必要があると思われます。

第2の論点は、いわゆる「遡及効」の問題です。
正確に言うと、現に時効期間が進行中の犯罪に対しても新法(つまり、廃止や延長を規定した法律)を適用すべきかという問題です。

これもまた今回の大きな問題の1つでした。

この点については、憲法第39条ないしその趣旨に違反するという点、憲法違反とは言えないとしても一度国家が決定して付与した地位を覆すことは法的安定性(これは、単に加害者の地位の安定というだけでなく法秩序全体の立場から法の在り方を論じた反対論と思われます)を害するという立場からの反対論がありました。

しかし、憲法第39条は事後法による処罰を禁止したものであるのに対し、公訴時効制度の遡及適用はそのようなものではないことなどから、いわゆる「遡及適用」を認める意見が大勢を占め、これが採用されるに至りました。

この結論は、現に時効期間が進行中の加害者、特に時効間際の加害者にとってみれば地団駄を踏むような悔しいことかも知れませんが、このような事件の被害者にとっては大きな救いになったことは明らかであり、これにより具体的正義が実現され、被害者のみならず国民の意思に合致するものと思います。

第3の論点は、刑の時効の問題です。
これは、公訴時効が廃止され、または延長されたにもかかわらず、既に確定判決まで受けた被告人に対する刑の時効が従前通り短期間で時効消滅するというのではバランスを失するので、これについても改正すべきではないかというものです。
そして、刑の時効についても公訴時効の廃止・延長に合わせる形で改正さました。
(4)まとめ
 このような議論を経て平成22年2月8日、部会において委員による採決の上、前記諮問に対する結論を出し、同月24日に開催された法制審議会においてもこの結論が支持され、同審議会から千葉法務大臣に対して答申が行われました。これが今回の法改正につながったことは、皆様ご承知のとおりです。

 この改正は、これまで被害者の前に立ちはだかってきた公訴時効という壁を崩す大きな一歩となったことは間違いありません。しかし、時効廃止の対象犯罪の拡大など、被害者の立場から見れば今後の課題も残されています。

また、今回の法改正の中で、これまで金科玉条のように言われてきた公訴時効の制度趣旨(存在理由)というものが、極めて脆弱なものであることも明らかになりました。

 これまであすの会では、被害者参加、公訴時効の廃止・延長など被害者の立場からの働き掛けを行ってきましたが、今なお刑事手続きには被害者に冷淡な部分が多数あります。そこで、今後とも被害者の視点から刑事手続きを検証し、一歩ずつでも改善するよう努力していくことが必要だと言えるでしょう。
以上、弁護士 河野 敬 
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6.「公訴時効見直し」今後の課題
 ご承知の通り、凶悪・重大事件の公訴時効を廃止する法律は、4月27日に可決成立しました。
 法制審において、あすの会は殺人事件や重篤な後遺障害が残る傷害事件だけでなく、強姦などの性犯罪についても時効の廃止を強く求め、遡及適用も訴えました。

しかし、法律では公訴時効が廃止される対象犯罪は、「人を殺した罪で法定刑の最高が死刑の罪」に限定され、殺人未遂罪、強姦致死罪や強制わいせつ致死罪は除外されました。

 凶悪・重大事件に関する時効制度の改廃の趣旨、つまり立法の事実にはどのような背景があったと考えたらよいでしょうか。

一つには、2004年に成立した「犯罪被害者等基本法」により、被害者の尊厳にふさわしい処遇が保障されたことが大きいと考えられます。

そして二つ目として、足立区教諭殺害事件で最高裁判所により「時効完成後の民事の損害賠償事件で、特段の事情があるときは除斥期間の効果を否定する」という判決が出されたことがあります。

三つ目は、多数回にわたり実施された法務省のヒヤリング結果により、国民の多くが凶悪事件の公訴時効の廃止を求めていることが確認されたことです。

要するに「犯罪被害者等基本法」を受け、殺人など凶悪・重大事件においては事件の真相を明らかにして、刑事責任を追及する機会をより広く確保すべきであるというように、国民の意識のありようが変化したということです。

 今回、時効廃止の対象犯罪から殺人未遂罪や強姦致死罪、強制わいせつ致死罪は除外されました。

しかし、このような凶悪犯罪において、時効期間が延長されたとはいえ結局は逃げ得を許す結果になることは、国民の正義感、倫理観に反することは明らかでしょう。

廃止の対象犯罪が上記の犯罪に限定されたのは、少なくともこのような犯罪においては、従前から主張される時効制度の趣旨はとうてい当てはまらないと国民が気づいたからだと言えます。

他方、これ以外の犯罪には「時効制度の趣旨がそのまま当てはまる」と国民が考えているわけではないはずです。

殺人未遂罪や強姦致死罪のような凶悪事件を犯した者に対する処罰の必要性と、この者が一定期間逃げ延びたという事実状態の尊重のどちらを重く見るかは議論の余地はないでしょう。

また時間が経過しても犯罪の凶悪性に変わりがなく、当然のことながら社会の応報感情、処罰感情も時間の経過によって薄れるものではありません。国民が凶悪・重大と考える事件について、廃止対象犯罪とそれ以外の犯罪を線引きすることは困難です。

殺人罪と殺人未遂罪や強姦致死罪を比べたとき、その凶悪さ・重大性において何ら違いはないからです。

 公訴時効の対象犯罪を広げるには、新たに法律を作らなければなりません。

今後、重要になってくるのは、多くの国民が殺人未遂罪でも強制わいせつ致死罪でも犯人の「逃げ得は許されない」と強く意識することでしょう。国民の意識をどのように醸成するかが今後の課題だと言えます。

 現在、債権法の改正が議論されており、殺人などの不法行為による損害賠償債権の消滅時効(民法724条、3年)についても検討されております。

 私が担当した「札幌西区信金職員殺人事件」(平成2年事件発生)では、刑事時効の完成(平成17年)後、平成19年に公示催告手続きを利用して民事の損害賠償請求訴訟を提起しました。

事件直後に逃走した男が犯人であると認められることから提訴時に3年の損害賠償債権の民事時効が完成していないかが問題になります。さらに提訴が平成22年の除斥期間経過後であれば裁判所はどう判断したでしょうか。

話は変わりますが、不起訴裁定名が「時効完成」の場合は、記録の保存期間は1年と極めて短く、提訴を思い立った時にはすでに記録がなく加害性の立証ができなくなることが想定されます。

このため保存期間の延長を早めに検察官に申し入れる必要があります。

 刑事時効が廃止されても、民事の損害賠償債権の行使期間が短期に消滅しては意味がありません。殺人罪や強姦致死罪など人格的利益(生命、身体、名誉その他の人格的利益)の侵害に対する損害賠償債権については相当長期の時効期間(例えば30年位)にする必要性があります。
以上、弁護士 山田 廣
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