犯罪被害者のための施策を研究する会の供述要旨
弁護士 岡 村 勲 --- 2003.11.14 --- |
2003年11月14日に第3回研究会が開かれ、当会の岡村勲代表幹事が以下のように意見を 述べ、その後、補充意見書を提出しました。
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国民に信頼される刑事司法とは何か 刑事司法は国民の信頼の上に成立つものであるが、刑事司法に関係を持つ国民は被害者(遺族を含む。以下同じ)と加害者であり、一般の国民は刑事司法とは無縁である。
従って国民に信頼される刑事司法という場合の国民とは、被害者と加害者であり、被害者に信頼されない刑事司法は、国民に信頼されない刑事司法ということになる。
私が会った被害者の殆どは、現在の刑事司法に対して大きな不信を抱き持ち、中には怨嗟の念を持っている者もいる。司法改革推進審議会や司法制度改革本部も、国民に信頼される刑事司法といいながら、この点の認識に欠けている様に思える。
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犯罪被害者はなぜ刑事司法に協力するのか捜査、公判は、被害者の協力がなければ成り立たないが、この協力は被害者にとって精神的、肉体的、経済的に大きな負担である。葬儀の済まないうちから、何回も事情聴取され、家宅捜索、実況見分の立ち会いなど疲労困憊する。
司法解剖後の遺体の引き取費用や、家宅捜索のため自宅の立ち入りを禁止された遺族、親族のホテル宿泊料(数十万円支出した者もいる)も被害者の負担である。性犯罪の被害者が捜査官の前や法廷で被害状況を説明するのは、筆舌尽くしがたい苦痛を伴う。
被害者は、
- 加害者と犯罪事実の詳細を知り、
- 被害者の名誉を守り、
- 加害者に対して適正な刑罰が下されることを願っており、国がこの願い(被害者の利益)に応じてくれるものと期待すればこそ捜査、公判に協力するのである。
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期待を裏切る刑事司法ところが捜査、公判と進むにつれて被害者は期待を裏切られてゆくのである。頼りにしていた捜査官から十分な情報は貰えず、報道機関から教えられてはじめて知ることも少なくない。起訴、不起訴について意見を述べる権利も無く、最近まで、送検や起訴の事実や公判の期日まで知らされず、知らないうちに裁判が終わっていたというケースも多かった。
情報も少なく、捜査記録も閲覧できない被害者が真相を知るには、公判傍聴が唯一の手立てであるが、公判期日は一方的に決められて傍聴できないこともある。
被害者の協力の結果できあがる起訴状、冒頭陳述書、証拠カード、論告要旨、判決書は、加害者や報道機関に渡されても、被害者には渡されない。傍聴席は報道機関の後ろであることも多く、加害者の関係者と混在して座らされることもある。現場写真や実況見分調書、証拠類も傍聴席には廻ってこない。
供述調書の朗読も要旨だけのときもあるから、本当のところは分からない。甲号証、乙号証などの専門用語が飛びかって理解に苦しむ。加害者は嘘をついても、被害者の名誉を傷つけても、反論することができない。「違います」と2回叫んだだけで退廷させられた被害者もいる。
「マイクの音量を高くしてくれ」と頼んだ被害者は「傍聴席に聞かせるために裁判しているのではない」と一蹴されたこともある。ここに至って被害者は、裁判の資料、証拠品として利用されているのであって、自分のために捜査、公判が行われるのではないことに気づく。そして平成2年2月20日の最高裁判決を知るに及んで、刑事司法に対する不信は頂点に達することになる。
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被害者の利益を守らない刑事司法最高裁判所判決は「犯罪の捜査及び検察官による公訴権の行使は、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではなく、また、告訴は、捜査機関に犯罪捜査の端緒を与え、検察官の職権発動を促すものにすぎないから、被害者又は告訴人が捜査又は公訴提起によって受ける利益は、公益上の見地に立って行われる捜査又は公訴の提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、法律上保護されたものではないというべきである。」という。
刑事司法は公の秩序維持のためのもので、被害者の利益のためにあるのではない、というのである。被害者が、自分のために、捜査、公判をしてくれると思ったのは錯覚であった。国はこの錯覚を利用して被害者を刑事司法に協力させていたのである。
被害者は詐欺にあったような気になり、こんな司法ならいらない、と思うようになる。損害賠償請求訴訟を起こしても、多くの時間と費用がかかるうえ、勝訴しても加害者が無資力のために実効がないことと相俟って、被害者は司法に絶望する。
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現行の被害者保護施策被害者を保護することは、80年代から世界の潮流になってきたが、わが国でも96年警察庁が被害者対策要綱を策定してから被害者連絡制度、被害者通知制度などが設けられたのに続き、2000年には刑事訴訟法、検察審議会法の改正が行われ、被害者保護法が成立した(いわゆる犯罪被害者保護2法)。これによって被害者保護は前進したといえるが、しかしこれは皮相的な手当てであって被害者の司法に対する不満を解消するものではなく、被害者保護の視点も不充分である。
被害者は、
- 優先傍聴についていえば、その範囲が狭すぎる。優先傍聴者は被害者が原則で、被害者が死亡し、または心身に重大な故障のあるときに限り、その配偶者、直系の親族、兄弟姉妹が優先傍聴できることになっている。
犯罪の被害は、現実に被害を受けた者だけでなく、その周辺の者に及ぶのだから、配偶者等は優先傍聴させるべきである。また被害者の親、兄弟姉妹も優先範囲の範囲に入れるべきである。強姦の被害者に母親が付添うことは当然のことであろう。しかもこの規定は、裁判官の配慮義務を定めるもので、被害者の権利として定めたものではない。
- 裁判は犯罪を再現するため、傍聴する被害者は苦痛を伴うから付き添いが必要とされる。ところが保護法の付添いは、証人に対する付添いであって、被害者に対する付き添いではないため、傍聴のときは付き添いがいないことになる。被害者の視点が欠けているといわなければならない。
- 遮蔽措置も証人だけが必要なわけではない。被害者も暴力団である加害者などには顔を見られたくないのである。
- 公判記録の閲覧謄写制度は有益な制度であるが、要件が納得できない。被害者が公判記録閲覧謄写を求める最大の理由は、真実を知りたいからである。ところが法は「損害賠償の行使のために必要があると認められる場合その他正当な理由がある場合であって、犯罪の性質、審理の状況、その他の事情を考慮して相当と認めるとき」と規定し、真実を知るためというのは、要件に当たらないといわれている。
これは経済的要求を真実発見要求よりも優先させるもので、被害者の尊厳を害する。実務では、否認事件に閲覧謄写させないというが、公開の法廷に顕れた記録である以上、閲覧謄写を許さなければならない。
- 和解条項の公判調書への記載は評価されるが、真実履行する意思がなく、刑事事件を有利に導くために和解する事案が余りに多い。和解条項を守らない加害者に対しては、執行猶予の取り消し、仮出獄させないのどの制裁処置が望まれる。
- ビデオリンク方式、性犯罪の告訴期間撤廃は評価できる。特に意見陳述は、被害者が僅かに刑事手続にかかわりを持ったもので歓迎する。
- 検察審査会の審査請求人の中に遺族が加えられたことはよいが、請求人に意見を述べる権利、その前提として捜査記録の閲覧権、証拠提出権、検察審査会の議決に拘束力をもたせるなど、起訴便宜主義に対する弊害防止の制度設計が更に必要である。保護法は、被害者保護の第一歩を踏み出したことは間違いないが、被害者を証拠品扱いにすることから抜け出せず、現象面の手当てだけであるから、被害者の司法不信は解消されない。
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司法制度の改正被害者の信頼を得るためには、刑事司法を抜本的に改める必要がある。
- 刑事司法は公の秩序維持のためでなく、被害者の利益のためにも存在することを明確にする必要がある。被害者は被害を受けたうえに、公益のために協力する義務はない。被害者は自己の利益(真実を知ること、名誉を守ること、適正な刑罰を課すること)を守るために協力するのである。
被害者の利益の集積が、公の利益になると発想を転換する必要がある。ドイツ、フランスの調査において、大勢の法律家や学者にこの点を確かめたところ、皆刑事司法は被害者のためにも存在すると答えてくれた。
- 訴訟参加事件の当事者である被害者を、証拠品として利用だけするのではなく、当事者としての地位と権利を認め、刑事手続きに参加させることが必要である。
被害者には、ドイツと同じく、在廷権、証拠調請求権,証人・鑑定人に対する尋問権、被告人質問権、手続について意見を述べる権利、裁判官・鑑定人に対する忌避権、裁判長の訴訟指揮、質問に対する異議申立権、審判対象設定権、弁論権、求刑権などを認めるべきである。勿論参加したからといって被害者が期待するような判決が下されるとは限らないが、被害者にはやることはやったという満足感が残る。これが重要である。
- 付帯私訴刑事被告事件と民事損害賠償事件とは、別々の裁判所で審理されるが、同一の裁判所で審理されるならば、時間、費用の点で被害者の負担は少なくてすむ。証拠も共通に利用できるから効率的である。
- その他
〔1〕捜査開始命令告訴、告発あるいは被害届けを提出しても、捜査官が捜査に着手せず、そのうちに重大な犯罪が発生する事例が稀ではない。捜査官が捜査に着手しないときは,捜査開始を命ずる制度が必要である。
〔2〕捜査情報と捜査記録の開示 被害者が、加害者と犯罪事実の詳細について「知る権利」を有することは、世界的に認められている。「知る権利」は捜査公判を通じて保障されるべきもので、法廷に現れない捜査記録の中に被害者の知りたい情報が多く含まれている。
さらに加害者死亡事件、精神障害者の不起訴事件、長期未解決事件などにおいては、起訴すれば当然訴訟記録として閲覧謄写できる捜査記録を見ることができないという不公平が生じている。 捜査、公判に支障をきたし、または悪用されるおそれがある場合を除き、被害者は、捜査情報の提供を受け、捜査記録の閲覧謄写する権利を有するようにすべきである。
〔3〕起訴不起訴の処分について意見を述べる権利被害者の知らないうちに不起訴処分が行われたり、軽罪で起訴されたりすると、被害者は不満を持つ。処分に当たっては必ず被害者の意見を聴取する制度が望まれる。
〔4〕検察審査会のにおける被害者の権利前述した通りである。
〔5〕公費弁護士代理人制度現行の司法改革において被疑者にも国選弁護人が付けられるようであるが、被害者にも弁護士のサポートは必用であり、公費による弁護士代理人制度を創設すべきである。
〔6〕仮出獄中に「お礼参り」によって被害者は被害を受けることが多い。安易に仮出獄させることなく事前に被害者の意見を聞き尊重するようにすべきである。
〔7〕出所情報法務省は仮出獄や満期出所の時期、帰住先についての情報を提供するようになったが、詳細の情報はないので被害者の保護に充分ではない。特に満期後の住所変更については被害者は知ることができない。加害者の住所を知ることができるような立法措置を講ずるべきである。
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諸外国の状況全国犯罪被害者の会は、 昨年9月ドイツ、フランスへ被害者の刑事司法上の地位、権利について調査を行った。
- ドイツ軽罪については私人訴追が原則であり、重罪については検察官が訴追するが、起訴法定主義である。約20年前、被害者が証拠品に過ぎなかったことに対する反省が現れて、刑事手続に被害者を当事者として参加させるように1986年被害者保護法が制定され、刑事訴訟法が改正された。
証拠品から当事者に格上げされ、権利が大幅に強化された。被害者は、一定の重大な犯罪について、参加して検事の横に座り、証拠を提出し、証人尋問、被告人質問ができ、意見を述べ、裁判官を忌避し、無罪判決に対しては上訴することができる。被害者の参加によって法廷が混乱したり、刑罰が重くなるおそれはなく、むしろ参加によって真実発見が容易になり、加害者の更正にも役立つという。参加によって厳罰化する心配もないとのことである。
ドイツでは、付帯私訴はあまり利用されていないが、これは刑事裁判官が民事事件を処理することを嫌がり、付帯私訴の申立てを却下するからだといわれる。却下決定には理由は不要で、かつ不服申立ての方法がないことが、却下を容易にしている。却下決定に理由を付し、かつ不服申立てできるよう法改正し、付帯私訴を原則とするよう準備中とのことである。
- フランスでは、被害者は私訴権をもつ。これは損害賠償請求の形を取りながら、実質は国に対して処罰請求するのである。検察官によりすでに公訴提起がなされていれば参加し、起訴されていないときは、予審判事に対して告訴状を提出して予審開始を求めることができる。その地位は私訴原告人と呼ばれる。
私訴の制度は、ごく僅かの金銭を請求する場合にも認められており、検察官による公訴権の運用のチェック、被害者の保護及び国家刑罰権の適切な運用の点で有用であると評価されている。
私訴権行使の制度はナポレオン時代からあったが、20年くらい前から被害者は証拠品ではないという反省が生まれ、次第に権利が強化され、記録閲覧謄写権、証人請求権、尋問権、弁論権などを持ち、加害者と同等の権利を持つよう配慮されている。
- その他ヨーロッパにおいては、多くの国で参加が行われているが、当事者主義の国であるイタリアもそうである。 アメリカにおいては、1982年の大統領特別委員会の「被害者およびその家族に対し、裁判に参加することを認めるべきである」という勧告以来、被害者の訴訟参加が進められている。
- 結び:
犯罪被害者は、事件の当事者でありながら証拠品とされるだけの刑事司法に絶望に近い不信を抱いている。権利意識が向上すると共に不信が強まってくる。
このままでは、70年代からアメリカが心配したように、被害者は犯罪が発生しても警察に通報せず、捜査に協力もせず、自ら復讐に走らないともかぎらない。
刑事司法に対する信頼を取戻すためには、刑事司法を公の秩序維持のためばかりでなく被害者のためにも存在するとの理念の明確にし、被害者を被告人に近い権利をもつ当事者として刑事手続に参加させ、付帯私訴の創設によって損害回復訴訟を容易にし、その他被害者保護の諸施策を講じることことが必要である。
被害者の刑事手続への参加は、真実の発見につながり、被告人の反省矯正のためにも役立つものである。
以上
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