昨年の12月1日から被害者参加制度が始まった。
今年の5月からは裁判員制度も始まる。これを受けて、各地の裁判所では、弁護士会や検察庁と協力し、二つの制度を組み合わせた模擬裁判がさかんに行われている。
ある地裁での模擬裁判のことである。
「今、被害者側の弁護士から、文句がつけられましたが・・・・」
裁判長が、裁判員らに評議でこう説明したのである。
被害者参加制度では、被害者自身や被害者のための弁護士が、事件の内容や被害を受けたときの心情などについて意見を述べることができる。もちろん、被告人やその弁護人にも意見を述べる機会が与えられている。
ただ、手続上、被害者側が、被告人側よりも、先に意見を述べる決まりになっている。そこで、被害者側は、被告人側が述べるであろう反論の内容をあらかじめ予期して、「被告人はこうこう反論するだろうが、私たちはこう考える」と先取りして意見を述べることがある。
そうでないと、被害者側には再反論する機会がないためだ。
裁判長の発言は、被害者が先取りして意見を述べたことを、「文句をつけた」ととらえ、裁判員にそう説明したのだ。
わざわざ裁判員に説明したことを考えると、その考えの根底には、被害者の意見は裁判にマイナスである、被害者の意見によって裁判員は間違った方向に導かれるおそれがあるという偏見があるように思えてならない。
本来、裁判員制度は、裁判に市民の健全な常識を反映させて国民の信頼する司法制度を作ろうということからできた制度である。いわば職業的裁判官の陥りやすい欠陥を、市民感覚で是正することにその目的がある。
裁判員が間違った方向に導かれるという前提は、職業的裁判官なら信頼できるが、素人である裁判員なら信頼できないと言っているようなもので、裁判員制度そのものを否定することになりかねない。
それにそもそも、裁判では、被害を与えた者と被害を受けた者双方が対等に参加し、双方の意見を十分に聞いてこそ、公正な判断ができるはずだ。
だからこそこの制度ができた。被告人の意見は裁判員に影響を与えても良いが、被害者が与えることは悪いというのでは、理屈に合わない。
昨年の11月25日、竹崎博允最高裁長官が就任の会見で、被害者参加制度導入後の刑事裁判について、「裁判は一方向からしか光があたらないものであってはならない。
法廷はさまざまな声を十分に受けとめ、合理的で冷静に判断する場になる」(産経新聞平成20年12月1日付朝刊紙)と語った。被害者参加制度の意義を積極的に評価する裁判所トップの発言だ。
しかし、この制度を実際に運用するのは現場の裁判官である。法律できちんと認められた制度である以上、これを正しく運用していくことを、現場の裁判官には期待したい。
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