[コーディネーター]
高橋正人 あすの会幹事・弁護士
[パネリスト]
岡本 真寿美 あすの会会員
川本 弥生 あすの会会員
小木曽 綾 中央大学法科大学院教授
白井 孝一 あすの会副代表幹事・弁護士
松畑 靖朗 弁護士
パネリスト(敬称略)
【 高橋 】あすの会を設立した時、刑事手続きと刑事司法における被害者の権利の獲得、経済的・精神的な被害の回復というふたつの大きな目標を掲げました。被害者の権利獲得については被害者参加制度の施行で大きく前進しました。
他方、経済的な被害回復制度は、平成20年7月から犯罪被害者等給付金の支給等に関する法律(以下、犯給法)が拡大され、以前よりは救われるようになったとはいえ、3分の1、5分の1ぐらいしか被害が回復されていないというのが実情です。
そこで今日は、犯給法の拡大や新しい被害者補償制度の創設を目指し、望ましい制度の在り方について議論していきたいと思います。
議論に先立ち、まず被害者の実情を知っていただきたいと思います。
基調報告 1 ------- 川本弥生
人の命をお金に代えることはできません。ですが息子を殺された事件後に請求した「犯罪被害者給付金」の窓口で、担当者から適用外だと言われたとき、あまりにも報われない気がしました。
私と夫(息子を殺した父親)は、87年に結婚し、その年に息子が産まれ、3年後に娘が産まれました。95年の阪神大震災をきっかけに夫は職を失い、家族、とくに息子に暴力を振るうようになりました。息子をかばう私も殴られました。
夫の行動はしだいにエスカレートし、何年も地獄のような日々を送った後、二人の子供たちを連れて離婚することを決意しました。
息子は、自分が一番つらい思いをしていたにもかかわらず、「また立ち直ってくれるかもしれへんから」と、私の強い説得にもかかわらず父親との同居を選びました。
その後、私は息子がいつでも家を出られるように、息子の通う中学の近くに部屋を借りました。毎日、お弁当を作って玄関ドアに袋をぶらさげ、息子は学校に行くときにそれを持っていき、帰りに戻してきました。
その中には、私は「寒くなってきたから、お布団かぶって寝なさいよ」とか、「期末試験が近いね。頑張ってね」などと息子に宛てた手紙を入れました。
空のお弁当箱に、プリントの切れ端に書いた息子の返事が入っていることもありました。私の誕生日には「ママ、お誕生日おめでとう」と書いてくれました。
そんな中でも、夫は私たちに執拗にストーカー行為を繰り返したのです。当時15歳の息子は、それをやめるよう父親に訴え、逆上した夫は、そんな息子をナイフで刺したのです。
事件後、裁判が2年続きました。私は加害者が怖く、裁判所の建物にすら入れませんでしたが、1度だけ、証人尋問のとき、勇気を振り絞り法廷の中に入りました。衝立を立てていただきましたが、その向こうにいる夫の存在を感じ、法廷を出てすぐに失神してしまいました。この裁判のことが衆議院法務委員会で紹介され、被害者参加制度導入の一助になったと伺いました。
息子の死が無駄ではなかったと思えました。
息子の葬儀は、私が出しました。当時、すでに生活保護を受けていたため僧侶に来ていただく余裕はなく、人前葬で、息子はたくさんのお友達に見送られました。生活保護は、離婚直前の別居中から娘と二人分を受けていました。PTSDのため長時間働くことができず、パート代はわずか7~8万円で、生活保護費は9万円ほどでした。
事件後、ずっと不登校だった娘は、子ども好きだった兄の影響で「保母さんになりたい」と言いましたが、生活保護を受けながら大学へ行くことはできないとケースワーカーに言われました。
現在、私の収入は、パート代が月に約10万円、生活保護がおよそ4万円です。一人世帯の生活基準が、約14万円ですので、収入の約10万円が差し引かれ、残りの4万円が支給されています。実際には二人で暮らしているのに、一人分の生活基準で暮らしていることになります。
今、娘は奨学金を受け、大学に通っています。娘が大学に入る前は、二人で7万円ぐらいの保護がありましたが、昨年4月より娘の分がうち切られ、3万円がカットされました。
一昨日、届いた通知には、今年2月の保護費はさらに少なく、3万円と書いてありました。理由はわかりません。娘が18歳になるまでは、母子手当の支給がありましたが、それも今はありません。
娘の授業料は年間約100万円で、奨学金は年間60万円。足りない分は、月に3~4万円を収入の中からまわしています。家賃は二人世帯のときの上限の52,000円のアパートに住んでいますが、娘の保護が打ち切られた今、一人世帯上限分の42,000円の家賃のところに引っ越すよう、毎月、指導されています。
公共の住宅は不便なところが多く、私の通勤や娘の通学が困難です。一般のアパートでも、42,000円の家賃では、不便な場所かワンルームになります
現在、約14万円の収入のうち、家賃・光熱費・授業料の合計が約12万円、残りの2万円で食費や日用品、病院代をまかなわねばなりません。
夫の出所は、あと1~2年後に迫っており、身の安全のためには転居しなければなりませんが、今年48歳になる私は、転居し、新たに職を探せるかどうかわかりません。転居しなければ、出所した夫がいつ来るかもわからない緊張感の中で暮らさなければいけません。
何度も「もう息子のところへ行きたい」と思いましたが、それを止めたのは娘の存在です。娘の心のケアをして、しっかり学校へ行かせてやることが、私の償いだと思いました。
娘を月に一度のカウンセリングに連れていく5,000円の交通費も苦しい生活の中からやりくりしました。今まで生活保護以外の助けは、給付金もお見舞い金も、補助金も何もありません。
私は、生活のために働くことで精いっぱいで、自分のケアが後回しになったせいか、今も涙が止まらなくなるときがあります。乳母車に乗った男の子の赤ちゃんを見たとき、黒いランドセルを見たとき、学生服の後ろ姿を見たとき……。涙のスイッチはいたるところにあります。
娘もこんな思いをしながら、それでも希望を持って大学に通っているのかと思うと、せめて、普通の暮らしをさせてやりたいと思います。
犯罪被害者給付金制度は、自分が尽くした父親の手によって命を絶たれた息子を被害者と認めてもらえないのでしょうか。親族間とういことで、一律にすべて排除されてしまうというのは、あまりにも切ないです。せめて息子に立派なお経をあげてやりたい。せめて、娘にコートを買ってやりたいと思います。
事件後なおも、ずっと苦しみ続けなければならない被害者や被害者遺族に、救いの手が差し伸べられますように、充実した制度が作られていきますように、切にお願いいたします。ありがとうございました。
基調報告 2 ------- 岡本真寿美
仕事もプライベートも充実した毎日を暮らしていたある日のこと、加害者は同僚の女性に好意を抱き、交際を求めたが断られました。そしてうまくいかないのは私のせいだと因縁をつけられ、いきなり体にガソリンをかけられ、火をつけられ、90パーセントの大火傷を負わされました。
加害者は「俺、警察に捕まりたくないからタバコの火で引火したと言え。いいな」と言ってきました。やっと、病院へ運ばれたものの、先生は両親に「娘さんは一週間持てばいいでしょう。一応覚悟しておいてください」と告げられました。
先生、家族の努力と願いで意識は取り戻すことはできたけれど、目を開けることも、話をすることもできませんでした。ただ人の声、足音を聞き取ることが私にとって唯一の望みでした。
その後、元の体に戻していくには皮膚が必要なため、兄や父は私に何も言わず皮膚提供手術を行っていました。家族も犠牲にしてしまい、私は自分を責めるばかりでした。
自分の皮膚をとっては移植手術をくりかえし、治療とリハビリの猛特訓をつづけ、先生の支えもあり、やっと立てるようになった頃、刑事裁判が始まりました。
証人尋問に立つか迷っていた時、「加害者が一生面倒みるから俺と結婚してくれ」と言って罪を軽くしようとしていることを検察の方より聞き、私は、裁判所へ行きました。
私は裁判官に「もし、あなたの娘、息子が何もしていないのに、こんな体にさせられたらどう思いますか。そこのところよく考え刑を下してください」と短パン、タンクトップ姿で言いました。
求刑7年、判決6年。それは納得できない判決でした。その一方、加害者の親は、「息子は20歳までしか育てていませんので後は知りません」と言って開き直り、家も他人に売り、行方をくらましたままです。
入退院の日々で、後遺症との闘いが続く中、一生懸命、治療してくださり先生はには感謝しています。その一方で、医療費の問題でとても苦しめられました。
事件直後から入院費用を工面するため家族が走り回りましたが、市役所に生活保護を申請すると「加害者が支払うべきだから手が出せない」、法律扶助協会からは「こういう場合、加害者が支払えないなら、泣き寝入りするしかない」と言われました。
やっと生活保護が認められたときには、入院から2ヶ月たっていました。退院後、地元で生活保護を受けようとしましたが、当時の保護課の課長より「犯罪被害者と関わって、この町まで被害に遭いたくないから」と却下されました。
やっと2ヶ月かけて隣町で保護が認められましたが、最初の2ヶ月と退院後の2ヶ月間の医療費合わせて4百数十万円を請求されました。
医事課の方より「どうして、ここの病院に運ばれてきたのか。他の病院に行ってくれればよかった」「あなたが病院代を支払ってくれれば、この病院は成り立っていくんだから、早く支払ってください」「あなたが刑務所へ病院代を取りに行け!」「被害者は味方もいないし、いつも頭を下げていないといけない」などと言われ続けていました。
私は、医事課に「母、一人に対して5、6人で請求するやり方はおかしいのではないですか」「加害者が支払うと言ってますので、加害者に請求してください」と言いましたが、請求は何年も続き、ついに家まで押しかけてきました。
生活保護を受けていく中で、私は被害に遭い発汗作用がないため、クーラーの使用を認めてほしいとお願いしましたが、保護課から「クーラーはぜいたく品だから駄目だ」と却下されました。体調を崩したのち、やっとクーラーの使用を認められたのです。私が担当者に「何のために生活保護はあるのですか。
社会復帰のためじゃないのですか」「もし、あなたが私のように犯罪の被害に遭わされた時、どんなに屈辱的な思いをするか、わかりますよ」と言うと、担当者は「そんな馬鹿な犯罪には遭いませんから」「だから保護費を出してやってんだろう。
ガタガタ言うな!」「カウンセリングに通いたいなら、勝手に自費で行ってくれ」などと言われ続けました。
現在、加害者は出所して苗字を変え、のうのうと結婚し家庭をつくり、会社を経営しています。加害者からは一切の治療費の支払いも補償もありません。私は、やっと社会復帰を考えられるようになり、職業訓練学校へ行きパソコンを覚えましたが、事件発生から現在に至るまで空欄なため、なかなか職が見つかりません。
今は、月2万円の生活保護と月6万円の年金で生活しています。年金は以前、勤めていた厚生年金が適用されたため、申請を行ったことで今の金額となりました。
光熱費、食費、病院へ通う際の交通費などやり繰りをしていますが、とても厳しい状況にあります。もし職場に採用されたら、今後は自分で治療費など支払っていかなければならないという問題もあり葛藤する思いです。
何も悪いことをしていないのに、被害に遭わされ後遺症が残ってしまった費用をどうして自分で支払うのか、悔しさは増すばかりです。加害者は、今では何もなかったように楽しく生活していることでしょう。いわゆる逃げ得です。
謝罪してほしいのではありません。加害者は治療費、一生の補償をすべきであり、事件前のすべてを返してほしいのです! ありがとうございました。
改正された犯給法ではまだ不十分な
犯罪被害者救済の実情
【 高橋 】:ありがとうございました。これほど社会性に反することはないと思います。被害に遭うと国が補償をしてくれるものだと誤解している人がほとんどなのではないでしょうか。平成20年7月1日に、犯給法は大きく改正され、これにより被害者は十分に保護されていると誤解している人もおります。お二人が、今、同じような被害に遭われたとして、改正犯給法で救済されるのでしょうか。犯給法の拡大に内閣府審議会の委員として参加された白井先生、犯給法が積み残した部分について教えてください。
【 白井 】:犯給法の制度拡大で、重傷者や死亡した方の遺族への補償は、自賠責補償の政府事業並みになったことが大々的に報道され、十分に補償されるようなイメージを与えました。確かに改正された部分は以前よりよくなりましたが、積み残しはたくさんあります。
あすの会では、犯罪被害者への国の補償制度を充実したものにするための改革案を検討し、イギリスとドイツへ調査に行きました。そのとき、今、報告された岡本さんのようなケースについて、「もし、お国の制度で補償したらどのような内容になりますか」と具体的に聞いて歩きました。そして帰国後、被害者の実情に合った補償制度について要綱を作り、それを元に内閣府での経済的支援に関する検討会で希望を出しました。しかし、残念ながらかなりの部分は残されたままになっています。
まず医療費について。岡本さんの場合、400万円の治療費が請求されたとのことでした。その際、皮膚移植のために行ったお父さんやお兄さんの手術代も自己負担です。このように日本では、被害者が一旦お金を払って、後で治療費の補償を請求するシステムになっています。
これでは被害者が困るので、治療費を負担しなくて済む制度にしてほしいと再三お願いしましたが、実現していません。今後、被害に遭われた方も、まず自分でお金を払わなければならないという問題が相変わらず生じます。また、医療費の額についても、今の医療費保障制度では1年間、休業補償も含めて120万円しか保障されません。
また、親子では保障の対象にされないという川本さんのお話がありました。DVなどで夫が妻を殺した場合、以前は補償の対象にされませんでしたが、改正後、通常の3分の2ぐらいは補償されるようになりました。しかし加害者と被害者が親子であった場合は以前と変わっていません。
これについて私たちは、親子、恋人といった関係であっても補償すべき場合はあると主張しましたが、実現していません。カウンセリングの費用も私たちは無料にしてほしいと主張しましたが、これも実現していません。
もうひとつの大きな問題は、法律が大きく改正される前に被害を受けて、いまだに苦しんでいる方がたくさんいるということです。そこで過去に遡って法律を適用してほしい。適用する場合も、安心して生活できるように、家賃や生活費で苦しい思いをしないように、将来にわたって年金を出してほしいという主張をしました。しかし、年金については、けんもほろろの状態で積み残しになっています。
金額面についても、1級の障害で4,000万円、死亡の場合3,000万円という最高額が決まりました。しかし金額が上げられたのは、障害の場合、3級以上の方で、4級以下の方は金額が上がっていません。等級は労働能力の何%を失ったかで定められています。4級は76%。ほとんど働けません。
そういう人の金額が上げられていないのです。本来、被害を受ける前の平穏な生活を取り戻せるような支援をすべきだという基本法の理念からすれば、より充実した被害金額の補償が必要ではないかと思います。
【 高橋 】:医療費についてつけ加えますと、我々は普通、健康保険を使っています。3割負担ですから、100万円の治療費であれば、通常70万円を健康保険組合が負担し、残りを自己負担します。しかし、第三者の不法行為による場合、加害者の承諾がないと健康保険が使えないという建前があります。
そして、岡本さんのような事案では、加害者は承諾しないでしょうから健康保険は使えない。加害者は払わないということがわかっているから、病院も健康保険を使わせたくない。事実上使えない。
その結果、400万円もかかってしまうのです。そして改正犯給法では自費の診療ではなく、健康保険の自費負担分だけ国が払うということになっています。
お二人のケースは、今の改正犯給法では十分に解決できません。ではどうしたらいいのかということですが、その前に、諸外国の例を紹介します。
【 松畑 】:我が国における犯給法の支給実績は、人口1億3,000万人に対し21億3,600万円です。1人当たりの負担額にして16円43銭です。これに対してアメリカは2006年の実績で、人口3億人に対し総支給額が500億円。1人当たり167円です。イギリスは人口6,000万人に対し、総支給額330億円。
1人当たりの負担額は550円。フランスは人口6,000万人で総支給額356億円。1人当たりの負担額593円。ドイツは人口8700万人で総支給額278億円。1人当たりの負担額は339円です。諸外国に比べて日本がいかに低い実績かがわかります。
【 高橋 】:ひとことで言えば、ケタがひとつ違います。国連の分担金で、日本は全体の12.5%を負担し、世界第2位です。その我が国が、自国民に対しては、これだけの予算しか配分していない。ではこのことが制度上、どのような違いとして現れてくるのでしょうか。 まず医療費について、ドイツはどういうシステムになっていますか。
海外における犯罪被害者救済のための
医療制度・後遺障害への施策
【 松畑 】:ドイツでは補償が適用されると、医療費は全額無料化されます。健康保険組合の負担分、被保険者の自己負担分は、すべて国が負担します。
自己負担部分については、一旦、被害者が納めなければならないとされていますが、実際には被害者に負担をかけさせないために、支給を司る援護庁から前倒しで払う制度が多数運用されていると聞いております。
元々ドイツでは健康保険制度が充実しており、対象外の疾病がないということです。入院の場合も、自己負担の上限が年間で280ユーロ、日本円で1ユーロを150円で換算すると、約4万2,000円。それ以上の自己負担がないため、被害者が高額医療費で苦しめられることはありません。
ドイツの場合、再就職のためのリハビリテーション費用や介護援助、訪問看護、マッサージといったサービスを受けることも含めてすべて無料化されています。また、実際の医療器具として、メガネ、車いす、プロテクターなどの現物給付もあり、きわめて充実した制度となっています。
【 松畑 】:イギリスはどうなっていますか。
【 白井 】:イギリスも医療費は無料です。
これは犯罪被害者補償というより、そもそも国民健康保険で無料になっているということです。アメリカのマイケル・ムーア監督の「シッコ」という映画でも、イギリスの病院の様子が取り上げられ、患者さんからお金をとる会計係がそもそも病院内に設置されていないことが紹介されていました。
そのほか、障害に伴って必要となる自宅の改造といった環境の整備費、特別の治療などについては、犯罪被害者補償が特別支給金として出されます。
【 高橋 】:あわせてお聞きしたいのですが、川本さんはすぐに仕事を始めなければ立ち行かなくなるため、事件から1週間で復帰されたそうです。本来なら1カ月、2カ月は心の整理をしてから社会復帰できればと思いますが、その場合の休業補償、所得補償はイギリスではどうなっているのでしょうか。
【 白井 】:当面の休業補償については、犯罪被害者に特別の制度はありませんが、勤労者の場合、雇用主から毎月給料が払われます。雇用主から支払われなければ、28週以内であれば国が代わって補償するシステムがあります。
また、自営業者の場合、金額は低くなりますが、不就労給付というものがあり、一定の金額が出されます。休業期間が28週以上になると、別の所得補償があります。
【 高橋 】:ドイツではいかがですか。
【 松畑 】:ドイツは犯罪被害の補償法としてではなく、一般的な法律として被害者が労働者であれば、事件後6週間は雇用主から100%の賃金が支給されます。また、法定健康保険の強制被保険者であれば、事件後最大78週目まで健康保険から疾病手当として事件前の8割が補填される仕組みになっています。
【 高橋 】:では次の論点に進みます。岡本さんのような重篤な後遺障害がある場合の手当はどうなっているのでしょうか。
【 松畑 】:ドイツの補償制度の最大の特徴は年金支給にあります。ドイツには基礎年金、所得調整年金、調整年金という3種類の年金があります。年金が保障される要件として、働く能力が30%以上喪失した状態が半年以上継続しなければならないというものがあります。
その中で所得調整年金は、たとえば事故に遭う前に得られていた収入が月に50万円、事故後得られている収入が10万円とすると、40万円という差額の42.5%を保障しようというものです。17万円が支給されるわけです。
【 白井 】:イギリスは年金ではなく、一時金方式です。補償の仕方が2段階になっており、まず等級表に従った支給がなされます。さらに28週以上の休業を余儀なくされるような障害が残った場合、所得補償が加算されます。
等級の最高額が日本円にして約5,500万円、それから後の所得補償も含めると、1億円ぐらいまで支払われます。私たちが調査に行った際も、1億円を支給された方が何人かいるということでした。
金額だけではなく等級の区分も日本とはだいぶ違います。日本の場合の等級は、労災も自賠責保険も、犯給法の補償もほぼ同じですが、イギリスでは、犯罪被害の実情に合った等級表になっていて、犯罪行為の対応とそれに伴う補償の内容が細かく定められています。
川本さんのようにPTSDでカウンセリングを受けなければならないような場合、日本では書かれていませんが、イギリスではその内容がきちんと書かれています。
海外における併給調整・親族間犯罪・遡及効に関する制度の実態
【 高橋 】:次にいちばん問題とされている、いわゆる併給調整について。これは一方からお金が支給されると、他方からの支給分が減額されるというものです。川本さんの例でもありました。生活保護を受けていたが、高等教育のために奨学金を受けたら、生活保護費を減額された。結局、総額は上がらないということになります。海外ではどうなのでしょうか。
【 松畑 】:ドイツにも併給調整はあるようです。ただ、日本の犯給法のように加害者から賠償金が入ったら、その分、減らされるというようなことはありません。つまり健康保険の疾病手当、労災保険に基づく年金、年金保険と呼ばれるものなどは、併給調整がないまま支給額に加算されます。
そのようにして最終的に加算された額が、先程の例でいえば、元の月額50万に対して、30万円になった場合、差額の20万円に対して42.5%が所得調整年金として支払われることになります。
【 高橋 】:日本では、1級の後遺障害を受けて1億円の損害が発生しても、国からは4,000万円しか支給されない。加害者から1,000万円もらったら、国からの支給は3,000万円に減額される。ドイツの場合はほとんど完全補償なので、一方にもらったからと言って、減額されることはないということですね。イギリスはどうですか。
【 白井 】:イギリスには併給調整があります。ただ、等級表の補償と所得補償とを合わせると高額になるので、きちんとした収入は確保されます。
【 高橋 】:ありがとうございます。次に、川本さんのような親族間の犯罪について、ドイツではどうなっているのでしょうか。
【 松畑 】:ドイツでは加害者と被害者の身分関係といった形式的な理由で補償は制限されません。ドイツでは補償を制限されるケースは2つです。まず、補償することが不当と評価される場合。
これは被害者自身が被害を引き起こしたり、政治的な争いに積極的に参加して被害に遭ったり、組織犯罪者が組織内で被害に遭ったというようなケースです。
そしてもうひとつは被害者が事件の解明に協力しなかったり、遅滞なく犯罪の届け出を行わず、犯人の訴追に尽力しなかったといった場合です。親族関係だからといって、支給されないということはありません。
【 高橋 】:ドイツであれば、川本さんのケースでも救済される可能性はあるわけですね。
【 松畑 】:その通りです。
【 高橋 】:遡及効についてはどうでしょう。遡及効というのは、今日、法律ができた。その法律が、過去の犯罪にまで遡って適用されて補償されることです。
【 松畑 】:ドイツには遡及効があります。補償法は1976年にでき、当初は1976年以降の犯罪被害者しか補償の対象になっていませんでした。
ところが法律の施行後も、過去の性犯罪被害者や児童虐待について申告するケースが見られ、それらを救済する必要性が認識され、8年後に法改正を行いました。これにより1949年から1976年についても補償の対象となりました。
【 高橋 】:ここでフランスのケースについて、小木曽先生にうかがいたいのですが。
【 小木曽 】:フランスでは、まず補償の対象になる犯罪が過失を含み、さらに一定の財産犯が対象になります。補償される人の範囲は、フランス国籍を有する人だけでなく、EU国籍を有する人、適法に滞在している外国人も含まれます。
外国で犯罪に遭った場合もフランス国籍の人は補償の対象になります。被害者に責任があれば、補償金減額の対象になります。犯罪の種類との関わりで言えば、被害者が亡くなっていたり、あるいは1カ月以上働けなくなるような重大な障害を受けたり、強姦などの性犯罪では全額補償の対象となります。
ただ、保険に加入しているかどうかは考慮されます。働けなくなる期間が1カ月未満の障害や財産犯の場合は、収入条件があります。2008年には家計の総収入で、月収1,328ユーロ未満です。犯罪によって重大な物的心的な損害を被っていて、他の補償が受けらないという条件が満たされると、補償される金額は上限で3,984ユーロ、1ユーロ130円で50万円前後です。
申請する場合、まず地方裁判所に設けられている補償委員会に書類を出します。これが補償基金へ送付され、2カ月以内に基金から被害者に補償額が提示されます。被害者が同意すれば、そのまま支給されます。
支給額に不満があれば、裁判所に設けられた審査委員会に書類が戻され、そこで補償基金と検察官および被害者の間で審理が行われ、裁定が下ります。この裁定には不服申立てをして争うことができます。
補償される損害には、葬祭の費用、心理的苦痛、遺失利益、働けなくなったことによる収入の減額、介護の費用なども含まれます。岡本さんのような火傷などの場合には、その痕が残ることについても勘案されます。
また、最近の法律改正で、程度の軽い障害といった補償制度から漏れるケースの補償や、裁判所から損害賠償命令が出たにもかかわらず加害者に資力がないというケースに関して、補償基金から立て替えられる制度が始まりました。1,000ユーロ以下の場合は全額、それを超える場合は3,000ユーロを限度として、言い渡された額の30%が立て替えられます。
実りある犯罪被害者救済制度の早期実現を目指して
【 高橋 】:日本にも損害賠償命令制度ができましたが、加害者がお金を持っていないケースが多いため、判決が紙切れになっています。フランスでは国が少しでも立て替え払いしてくれる制度が昨年から始まったようです。
あすの会では、こうした海外事情を踏まえ試案を作りました。
【 松畑 】:まず補償法は、犯罪被害者等は固有の権利として国から補償を受ける権利を当然有しているということを前提とします。
補償の程度については、被害者が事件以前の生活水準を回復するに足りるものでなければならないとします。そして過去の被害についても、遡って補償の対象とします。
また、加害者と親族関係にあるといった形式的なことで制限するようなことはできないものとします。併給調整についても、加害者からの賠償金や他の社会給付等が得られた場合の減額は行いません。
最も重要な補償内容ですが、医療費、カウンセリング、介護といったサービスについては無償で受けられるものとする。病院への通院費、住宅や車をバリアフリーにするといった改造費、環境整備費、車いすや義肢等の補装具の費用も全額補填します。
一時金としての給付金は、自動車事故の慰謝料額を基準に支給します。療養を必要とする場合、その期間、休業補償を支給し、付き添い等で休業する家族の分も補償します。被害者に後遺障害が残ったり、亡くなった場合は、一時金だけでなく年金を支給します。以上が試案の内容です。
【 高橋 】:試案は年金の支給について触れています。岡本さん、川本さんは、被害者のお立場から、一時金と年金、どちらがよいと思われますか。
【 川本 】:私はPTSDと戦いながら、日々の生活をしていかなければなりませんから、毎月支給される年金を希望したいと思います。
【 岡本 】:私もこれからいろいろ治療をしていきたいですし、今後、どうなるかわからないので、生活の安定ということからも年金方式のほうがいいですね。
【 高橋 】:こういった制度ができれば誰でも救済されますが、問題は財源をどうやって確保するかということです。
【 白井 】:充実した保障を考えた時、財源問題はいちばんの壁となっています。罰金を活用する、宝くじにする、税金として徴収するなど、いろいろと検討をしましたが、現実にはいずれも非常に難しいといえます。
【 高橋 】:このことについて、フランスでは面白い制度を採用しているとうかがっています。
小木曽:それは損害保険に自動的に被害者補償のための税金をかけるというものです。1件あたり3.3ユーロ。400円ぐらいです。損害保険にかける目的税が原資になっています。
2006年には申請の数が18,761件で、2億3,700万ユーロが支払われていますから、単純に平均すれば12,600ユーロ、167万円くらいになります。
【 高橋 】:損害保険に加入していない人もいるのではないですか。
【 小木曽 】:いるとは思いますが、損害保険についての感覚が日本とは少し違っていて、日本よりも広く浅い資金源として適当だと考えているようです。
【 高橋 】:白井先生、日本にもいい案はないでしょうか。
【 白井 】:これは岡村先生からアイディアをいただいたのですが、未成年者と年金受給者を除いて、国民1人当たり年間500円程度を保険料として払ってもらう方式をとれば、300億、400億という資金になります。
国民健康保険や国民年金を徴収するときにプラスしていただければ、特別会計でできるのではないか。基本法ができて5年も経ち、犯罪被害者を社会全体で支えていこうという国民の理解も深まり、このような財源方式をとる素地はできてきているのではないかと思っております。
【 高橋 】:こうした制度ができればこれからの被害者は救われます。特に強調したいのは、過去の被害者であっても、現在の生活に苦しみ、後遺障害で苦しんでいる。そういう人たちに遡って補償をしていただきたい。そういう制度を作っていきたいとあすの会は考えています。ありがとうございました。
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