5.公訴時効の廃止についての法制審議会(刑事法部会)での議論について |
(1)法務大臣の諮問
- 凶悪・重大犯罪の公訴時効見直しの具体的在り方
- 現に時効が進行中の事件の取扱い
- 刑の時効見直しの具体的在り方
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(2)刑事法部会での審議の印象
この諮問を受け法制審議会は、平成21年11月16日、第1回刑事法部会(公訴時効関係)(以下、「部会」といいます)を開催し、井上正仁東京大学大学院教授が部会長に選任され、以後、平成22年2月8日まで8回にわたり、前記諮問に関する審議が行われました。
この部会には、部会長を始めとする著名な刑事法学者、法曹三者、警察関係者などから、それぞれにおいて重責を担うメンバーが委員ないし幹事として出席し、あすの会からも代表幹事である岡村勲弁護士が委員として出席しました。
顧問弁護団の何人かの弁護士が適宜随行しましたが、私も6回の部会に立ち会わせていただきました。
この部会で議論された論点の概要は後述しますが、ここでは、まず、部会での議論の印象についていくつか述べたいと思います。
- 第1に、部会では、
- 多岐にわたる論点について極めて突っ込んだ議論がなされたということです。
刑事法部会の開催期間が約3ヶ月半と短期間であったためか、一部には議論が拙速であるなどという反論が出されていましたが、私はそのようなことは全くないと考えています。
短期間ではありましたが、多くの論点について極めて充実した議論がなされたと思います。
- 次に、このような充実した審議ができた大きな理由としては、
- 部会長の議事進行と法務省による事前の調査が充実していたことが挙げられるでしょう。まず、部会長の進行です。
私などが言うのもおこがましいことですが、さまざまな意見を丹念に聴取し、分かりにくい見解や議論についても瞬時にその趣旨をおしはかって整理をし、議論がかみ合うようにされていました。
これによって、議論が整合的に進められたと強く印象付けられました。次に、議論の前提となるべき調査が法務省によって非常に周到になされていた点です。
平成21年1月以降、省内で相当な検討がなされていたようですが、外国法制、国内での統計数などが適宜提示され、非常に参考になりました。このようなことから、あすの会でも審議に先立ち、岡村委員と顧問弁護団とで必要な調査や議論を重ねるなどの準備を行っておりました。
我々にとって充実した審議がなされたと感じられたのは、こちらも十分に準備していたからだと思っております。
- そして、岡村委員の発言です。
- 前述の通り、当会からは岡村代表幹事が部会の委員として出席されましたが、岡村委員は被害者と弁護士という双方の立場からさまざまな場面で発言をされました。この発言によって座に緊張が走る場面も多く、ともすれば机上の空論になりがちな議論に対し、実体を知らせるという意味で極めて大きな影響があったと思います。
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(3)検討された論点について
前述の通り、部会では、非常に多岐にわたる論点について突っ込んだ審議がなされており、この点についてここですべて述べることはできません。またこの点は、すでにいろいろな形で報告もされています。そこで、ここでは簡単に論点の概要についての紹介だけをしたいと思います。
第1の論点は、前述した法務大臣の諮問(1)に関わるものです。
ここでは前提として、平成16年に時効期間を延長する法改正がなされたにもかかわらず、約5年しか経過していない今、再度時効を見直すべきかが問題となりました。
そしてこれが肯定され、次に公訴時効をどのような形で見直すべきかが問題となりました。これが今回の議論の最大のテーマです。
そして、ここでは大きく分けて、
- 公訴時効の廃止、延長もしくはその組み合わせとして考えるのか、
- 一定の場合に公訴時効の停止ないし中断を認める方式で考えるのか、
という2点が問題となりました。
(2)の方式については、極めて多数の問題点が指摘され、また憲法違反の疑いが強いなど問題性も大きいことから排斥され、結局(1)の方式が取られました。
なお、(1)の場合、対象犯罪をどのようにするかについては大きな議論があり、あすの会としてはできる限り多くの犯罪について廃止ないし延長をすることを希望し、特に重篤な後遺障害が残る傷害についても廃止の対象とするよう求めていましたが、現行法制度の中で一日も早い法改正を行うことが必要であるとの観点から、やむなく今回成立した法案の原案を支持するに至りました。
対象犯罪などについては、今後も考慮していく必要があると思われます。
第2の論点は、いわゆる「遡及効」の問題です。
正確に言うと、現に時効期間が進行中の犯罪に対しても新法(つまり、廃止や延長を規定した法律)を適用すべきかという問題です。
これもまた今回の大きな問題の1つでした。
この点については、憲法第39条ないしその趣旨に違反するという点、憲法違反とは言えないとしても一度国家が決定して付与した地位を覆すことは法的安定性(これは、単に加害者の地位の安定というだけでなく法秩序全体の立場から法の在り方を論じた反対論と思われます)を害するという立場からの反対論がありました。
しかし、憲法第39条は事後法による処罰を禁止したものであるのに対し、公訴時効制度の遡及適用はそのようなものではないことなどから、いわゆる「遡及適用」を認める意見が大勢を占め、これが採用されるに至りました。
この結論は、現に時効期間が進行中の加害者、特に時効間際の加害者にとってみれば地団駄を踏むような悔しいことかも知れませんが、このような事件の被害者にとっては大きな救いになったことは明らかであり、これにより具体的正義が実現され、被害者のみならず国民の意思に合致するものと思います。
第3の論点は、刑の時効の問題です。
これは、公訴時効が廃止され、または延長されたにもかかわらず、既に確定判決まで受けた被告人に対する刑の時効が従前通り短期間で時効消滅するというのではバランスを失するので、これについても改正すべきではないかというものです。
そして、刑の時効についても公訴時効の廃止・延長に合わせる形で改正さました。
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(4)まとめ
このような議論を経て平成22年2月8日、部会において委員による採決の上、前記諮問に対する結論を出し、同月24日に開催された法制審議会においてもこの結論が支持され、同審議会から千葉法務大臣に対して答申が行われました。これが今回の法改正につながったことは、皆様ご承知のとおりです。
この改正は、これまで被害者の前に立ちはだかってきた公訴時効という壁を崩す大きな一歩となったことは間違いありません。しかし、時効廃止の対象犯罪の拡大など、被害者の立場から見れば今後の課題も残されています。
また、今回の法改正の中で、これまで金科玉条のように言われてきた公訴時効の制度趣旨(存在理由)というものが、極めて脆弱なものであることも明らかになりました。
これまであすの会では、被害者参加、公訴時効の廃止・延長など被害者の立場からの働き掛けを行ってきましたが、今なお刑事手続きには被害者に冷淡な部分が多数あります。そこで、今後とも被害者の視点から刑事手続きを検証し、一歩ずつでも改善するよう努力していくことが必要だと言えるでしょう。
以上、弁護士 河野 敬
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